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南極についてのお話

短い期間で南極にゆかりのある2つの場所に行くことがあったので
そのことをまとめておこうと思います。

4代目南極観測船

去る8月26日に静岡県の清水港で南極観測船「しらせ」の一般公開があると聞きつけ、18きっぷを片手に行ってきました。
これまで南極観測船「ふじ」と「宗谷」は見学したことがあったのですが、3代目以降は観たことがなく目の前に巨大なオレンジ色の船体が現れたときの衝撃は凄まじかったです。
常に「でけええええ」と叫んでいた気がします(笑)
港は一般公開に訪れている人で溢れていて、僕たちが到着した時点では40分待ちの列ができていました。
一般公開では後部甲板や格納庫の内部、船橋や観測隊員の方の居住区を見学できとても興味深かったです。
船内も本当に広くて「しらせ」の大きさを肌で感じることができました。
反面、初代南極観測船の「宗谷」がもともと耐氷貨物船で戦争を経て紆余曲折あり南極観測船に改造されてしっかり南極への物資輸送の任務を果たしていた事実が輪をかけてすごい事だったんだな思い知らされました。

ぜひ、次の協力行動もご安全にと願うばかりです。

白瀬隊長のお墓

白瀬矗隊長をご存知でしょうか?
日本人としてはじめて南極探検に臨んだ人物です。
1910年11月に木造帆船「開南丸」で南極をめざし芝浦埠頭を出航して、到達した場所を「大和雪原」と名付け、白瀬隊全員無事に日本に帰ってきました。
間違いなく日本の歴史に名を残す偉大な方なのですが、その白瀬隊長のお墓が愛知県の西尾市吉良町の西林寺の敷地にあります。
最初このことを知った時に「なぜそんな偉大な方のお墓が愛知県の片田舎にあるんだろう」ととても疑問でした。
調べてみると、晩年を現在の豊田市で過ごしており、白瀬隊長が逝去された後に家族はこの吉良に転居し、白瀬隊長の婦人が逝去された後に娘さん二人が東京に転居されるにあたりこの西林寺に遺骨を仮埋葬していったそうです。
なんとも不思議ないきさつですが、愛知県の三河に住む僕としては行かない理由があるはずがなく、命日の9月4日を前に今日行ってきました。
お寺までの道中は本当に田舎道でこんなところにあるんだろうかという疑問でいっぱいでしたが、西林寺の隣にある瀬門神社の参道の横にひっそりと佇んでいました。
本当に「ひっそり」という言葉が似合う場所で、こんなに偉大な方のお墓がここにあるなんて心から不思議な体験でした。
あわせて白瀬隊長墓前に立てて良かったなと思いました。
お墓の周りは平成3年に整備されたようで記念碑や初代「しらせ」のスクリューブレードが飾ってありました。

毎年9月の第一日曜は白瀬隊長を忍ぶ会が朝から行われているそうで、日本国旗と白瀬隊の旗が掲揚されていました。
すこし行きづらい場所ではありますが、ぜひ訪れてはいかがでしょうか。
前述したように西林寺の敷地内ではありますが、瀬門神社の参道からの方が場所は分かりやすいと思います。

余談ですが…

最近「宇宙よりも遠い場所」を観ました。
南極をテーマにしているということで話はかねがね聞いていたのですがなかなかタイミングが合わずに観ることができていなかったのですが
本当に良いお話でした。もっと早くに観ておけばととても後悔しました。
一見女子高生が南極に行くという荒唐無稽な設定でしたが、うまくまとめられていてお話の進むテンポもちょうどよく、
いろんな物のテーマや人間模様がたくさん詰め込まれているのですがやり過ぎ感がなくて映像の綺麗さもふくめ全てのピースがうまくハマっていました。
おそらく毎話かならず泣いていた作品は初めてだと思います。特に12話のラストは嗚咽が漏れるくらい泣きました。
間違いなく今まで見たアニメ作品の中で上位に入る作品でした。

ここからはお知らせです。

動画の作品ですが最近制作していたものが一気に公開されたので
このブログでも宣伝させてください。

jammin’ the panda MV 「さよなら、知らない人。」

【MV】プルースト『誰も知らない』

【MV】プルースト『イーストフード』

どれも自信作です。ぜひよろしくお願いいたします。

最近作ったものと東京に行った話

WORKSのページに最近制作したものを追加いたしました。
動画ひとつとバンドのデザインふたつです。是非ご覧ください。

これだけで一つの記事を終えるのはあまりにも寂しいのでこの前東京に行った話を書きますね。
一番の目的はとあるユニットのライブだったんですけど、せっかくなので一泊してきました。
二日目はあいにくの雨だったんですけどずっと行きたかった所をいろいろ回って見てきました。

まずは埠頭公園。ゆりかもめの芝浦ふ頭駅から歩いて10分くらいのところにあります。
ここには日本人として初めて南極に行った白瀬矗隊の南極探検の出発地としての記念碑があります。

公園の遊具も開南丸をモチーフにしています。

ペンギンの噴水(?)もあるのですがどう見ても南極にいるペンギンっぽくないですが、
おそらく宗谷が日本に連れてきたケープペンギンがモチーフではないかなと思います。

次はその宗谷です。
ここ来たのは保育園の年長の時に家族旅行で来た以来なので実に20年ぶりだと思います。

船の科学館の本館が休止していたり、羊蹄丸が居なくなっていたりと当時とはだいぶ変わってしまいました。
この年になってあらためて宗谷を訪れてみると、しかっりバックグラウンドを理解することができてとても良かったです。
また、当時の南極観測隊の方がボランティアでいらっしゃっていろいろお話を伺えてとても良い経験になりました。

そしてそして最後に本当に行きたかった池袋にある「ペンギンのいるBAR」に行きました!


ここでは本物のペンギンを見ながらお酒を楽しめる、ペンギン好きには堪らないお店なんです!

さらにペンギンをかたどったオリジナルカクテルもあってとてもかわいかったです。
味はすっきりとした甘さでとてもおいしかったです。

さらにさらに決まった時間になるとエサやりタイムになって、実際にペンギンたちに餌をあげることができるんです!
これにはペンギン好きとしてはかなり興奮するポイントでした。

みなさんもぜひ池袋に立ち寄った際はぜひ足を運んでみてください!
早い時間では予約して行くのが吉だと思います。
愛知県にもこういうお店があればと切に思った時間でした。

Roseliaというバンドについて

僕が前知識なしにライブを観てその場で応援したい!と思ったアーティストが3組居るんですけど、
その中の1つRoseliaというバンドについてお話ししたいと思います。
とあることがあって、いてもたってもいられなくなって書いています。

そもそもRoseliaとはアニメやゲームなどのメディアミックス作品のBanG Dream!に登場するバンドなんですが、
なんと声を充てている声優の方々が実際に楽器を演奏してライブもしてしまうという、他作品で一部分だけ演奏することはあったにせよ
全編通して演奏してライブを行うとうのは前例がないのではないかと思います。
ちょうど1年ほど前に横浜アリーナで開催されたライブに出演されていて「なんてカッコいいんだろう!」と衝撃を受けたのを覚えています。
そこから2度ほどライブに行き、今ではすっかりハマってしまいました。

冒頭に書いたとあることとは、先日の土曜に4回目のワンマンライブが開催されたことです。
後述する理由でかなりチケットの倍率が高くなっていて僕は泣く泣くライブビューイングでの参加でした。
その理由とはベースを担当されている声優の方が本公演をもってRoseliaを卒業するということでした。
この卒業はその声優の方が芸能界を完全に引退するからというもので、昨年12月に発表された時はショックすぎてしばらくはRoseliaの楽曲が聴けないほどでした。

なかなか踏ん切りがつかず迎えたライブ当日でした。会場の映画館についてすでに泣きそうでした。
それでも演者のみなさんがあくまでキャラクターを演じているからステージでは泣かないと聞いていたので、僕もしっかり見届けようとしました。
ライブが始まるといつも通りの超かっこいいRoseliaの姿があって、ベースの人が今日で最後というのを全く感じさせないライブ運びでした。
それでもアンコールの2曲目で次のベース担当のキャラクター役の声優が発表され(ここの発表の仕方も超かっこよかったです。)
最後にベース担当のキャラクターなじみ深い楽曲が始まった時には、感極まって嗚咽に近い涙が出てしまいました。
おそらくあの会場にいた大多数の人が涙を流していたのではないでしょうか。

こんなに泣いたライブは生まれて初めてだったと思います。
なんというか、作品の中の一人のキャラクターの声優が交代しただけにとどまらず
さらに言うと、バンドのメンバーが交代したにとどまらない何かがあったんだと思います。
ライブが終わった後からずっと反芻しているんですが、この感情がなんなのかまだ理解できません。
寂しいという感情もありつつ新たな門出で頑張ってほしい部分ももちろんあります。
それでもドラム担当の声優さんの「これからは11人でRoselia」だからという言葉にはかなり救われた気がします。

遠藤ゆりかさん、素敵なベースを本当にありがとうございました。

祝・世界ペンギンの日!

​本日4月25日は世界ペンギンの日です。おめでとうございます!
ペンギンってなんであんなに可愛いんですかね、不思議ですね。
今日は、去年末から個人的に始めている、ペンギンをモチーフにした何かしらのプロジェクト「飛べない鳥」から二つお知らせがあります。

ひとつは、「飛べない鳥」のホームページをリニューアルしました。
僕の個人的な制作物としては本当にめずらしく、イラストを基調としたデザインに仕上がっております。
依然、プロジェクトの方向性は完全に固まっていないのでそのうちまた改装するかもしれません。
『飛べない鳥』 https://tobenaitori.com/

もうひとつは、「飛べない鳥」のグッズをSUZURIにて、販売開始しました。
SUZURIっていうのは、画像をアップロードするだけで、商品を簡単に作れるサービスなんですけど今回初めて使ってみます。
事前にマグカップを作ってみたのですが結構いい感じに仕上がります!問題なく普段使いできそうです。
ぜひ、覗いてみてくださいね。
『SUZURI – 飛べない鳥』 https://suzuri.jp/tobenaitori

以上、とても個人的なお知らせでした。

10年、写真をやってみて


ちょうど10年前の今日、中学校を卒業したばかりの僕は貯金したなけなしのお金でデジタル一眼レフカメラを買いました。
ここが僕が本格的に写真をはじめた出発点でした。

10年だから振り返ってしっかり文章にまとめようと思って、これまでの写真を観ていたのですが、
一週間くらい考えてもうまくまとめられなかったです。
それくらいたくさんのことがありました。
そんななかで思ったのは、やっぱり写真ってどこまでいっても本質は記録なんだということです。
過去の記憶を辿れるのもその時見たものを記録しているからであって、その断片がきかっけになって
頭の奥にしまってある時間を思い出させるんだと思います。
そういう写真の力は本当にすごいと思います。

10年の期間があると良い事ばかりではなくてやっぱり挫折もありました。
写真にだけは正直でいたいので恥を忍んで書いておきます。
僕は大学で一応写真を勉強していて、東京のスタジオに就職したいと思っていたのですが
願いかなわず卒業したあとは、名古屋のコーマシャルスタジオでアシスタントとして働き始めたのですが
長く続かず1年でやめてしまいました。あんなに大好きなはずだった写真を仕事にできたのに。
今思えば写真を仕事にするという覚悟足りてなかったんだと思います。どこかで甘えていた自分が居ました。

それでもやっぱり写真が好きだから自分の作品作りは続けました。
そんな中で行った今年1月の写真展は本当にいい節目になりました。

僕は本当に写真が好きなんです。
シャッターを切れば目の前の風景が記録されたり
はじめて高校の暗室でモノクロの現像をしたとき像が現れたときの感動は今でも忘れません。

なんか書いてて支離滅裂な文章になってしまいした。
なんというか写真には感謝しかないです。
写真を通してたくさんの経験をさせてもらいました。たくさんの人にも出会いました。

10年前と比べてすこしばかりは良い写真が撮れるようになっていると信じたいですが、
これからも変わらずに写真と付き合っていけたらいいなと思います。

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